katabamido

割りを食む。

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拾得物の記録(乞食Ⅱ)

 走り出してから、僕はふと、このおじいさんは泥棒ではないかとかんがえた。とまれ、乗せた後に気づくようでは手遅れなのだが。

 運転室内はロードノイズで(それでも、新東名はましな方だけれど。)音が聞き取り辛いし、何よりシートベルトをしているから、とっさに対応することが難しい。

 やはり護身用のナイフは持ち歩いておくべきだと考えながらステアリングを握っていると、おじいさんが口を開いた。

「きっとおたくは私のことを怪しい人間だと思っているだろうけど、私はそんなに怪しい人間ではありません。ただの乞食です。」
 自称乞食の時点で十分怪しいだろうと思ったが、一応頷いておく。

「そうでしょうね。」

 おじいさんは続ける。

「私は、18の時に故郷の熊本を出て、茨城県庁に入庁しました。茨城県庁で公園や駅舎の設計なんかをやっていてね。もう何年も前の話だけれど。」

 僕は抱えていた違和感の正体に気が付いた気がした。

 上品とは言えないまでも、貧乏な人特有のギラギラした余裕のない印象を受けなかったのはそのせいだろう。

 身に着けているものはそこまで高価には見えなかったから、金持ちではないだろうと踏んでいたが、元公務員といわれると腑に落ちる気がした。
 そのころには僕もある程度落ち着きを取り戻して、このおじいさんがもしおかしな素振りを見せたらハンドルを左に切って、車の左フロントごと壁高欄にぶつけてしまえばよいと思っていた。

 買いたての車が廃車になるのは残念だが、死ぬよりましだと。

 そんな僕の考えを知ってか知らずか、おじいさんは「老いぼれの土産話だと思って聞いてほしい」と前置きして思い出話を始めた。

 「君は浜田幸一議員を知っているかな、『政界の暴れん坊』と呼ばれた人物だが……いや、その若さなら知らないかもしれないね。」

 「僕が入庁したての頃、それはかわいがってもらったんだ。ある時スナックでボトルを入れたとき、結構な値段でね、若い時分には痛い出費だったんだが、ハマコーさんに『君は馬鹿だね』と言われたのを今も覚えてるよ。」

 「なぜだかわかるかい?」
 おじいさんは投げかける。

 「……わかりません。」

 僕が答えると、おじいさんは正解を教えてくれた。

 「なぜ2本ボトルを入れないのかってさ。『普通の人と同じことをしていても誰の印象にも残らないだろ』と教えてもらったのを今でも覚えているよ。」

 なるほどと思った反面、教訓はそこだけかとも思った。

 しかし今でも覚えてるあたり、乞食を拾ったのもよい経験だったかもしれない。

 

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