彼はまだ生きている。
彼はまだ生きている。
僕は涙をこらえながらそう思った。
彼は呼吸をしていた。
それは浅く、時折止まってしまったのかと心配になるくらいの間隔が空きながら、それでも続いていた。
あばら骨の形も、頭蓋骨の形もわかるくらい、彼は痩せこけていた。
彼は煮魚のような目をしていた。
目尻には粘度を持った何かがたまっていて、それが黒い涙のように見えた。
彼は自分の死期が近いことを悟っているのかどうか、僕にはわからなかった。
涙を流すのはまだ早かった。
死んでしまったならいざ知らず、周りの人間が勝手に彼の死期が近いことを悟って涙を流すことなど言語道断だった。
彼はまだ生きている。
彼のために何かをしたわけではない僕が、彼を看取る気のない僕が、涙を流すことなど許されなかった。
別に彼との間に特別な思い出があったわけではなかった。
ただ好きだった。
今週のお題「最近壊した・壊れたもの」